清潔ですこしあかるい場所
こばやしのぞみ
ここ3ヶ月くらい、冷蔵庫が不定期にじじじじと音を立てる。ベッドから3歩行けば冷蔵庫があるような狭い部屋に住んでいるので、うるさくて眠れない。上に置いていた電子レンジを降ろしたり、壁から離したりしてみたけど、一向におさまらない。どうすれば静かになるのか誰か教えてください。
その冷蔵庫には『シリアル・ママ』のポスターが貼ってある。この部屋に引っ越してきた当初に付き合っていた人が、働いていた映画館の物置から持ってきたものだけど、包丁を片手に全速力でこちらに向かって走ってくるキャスリーン・ターナーが冷蔵庫にとても合うと思って、ずっと貼りっぱなしにしてある。『シリアル・ママ』に冷蔵庫が登場したかどうかは覚えていないが、多分出てくるだろう。近代化された家ならたいてい冷蔵庫があるのだから、そういった場所を舞台にした映画には多少なりとも冷蔵庫が写り込んでいるはず。
冷蔵庫には独特の趣があると思う。さみしい、安心する、ほの明るい。基本的に冷蔵庫は白くて大きくて重く、中は冷たいけど外は暖かい。ドアを開くと明かりがついてわたしの顔を照らす。それでなんとなく他の家電たち、洗濯機や電子レンジやテレビなどとは差別化されて、ある種の情緒を生み出している気がする。
『我等の生涯の最良の年』において、戦争で両手を失って帰ってきたホーマーと、彼を待ち続けていた恋人のウィルマが向き合う重要な場面、二人のうしろには冷蔵庫がある。眠る前にミルクを飲もうとするホーマーを、隣に住むウィルマが訪ねてくる。ウィルマは「話があるの」といい、ホーマーは戸惑いつつもウィルマを家に入れる。その間ずっと冷蔵庫のドアが開いたままになっているのが気になる。ホーマーはウィルマに「ミルクは?」「チキンは?」などと聞くが、思い詰めた様子のウィルマはどちらも断る。そこで初めてドアが閉められ、冷蔵庫は黙って、ふたりの背景となる。ウィルマはそれまでもずっとホーマーを見つめていたが、ホーマーがウィルマをまっすぐ見つめかえすのはここがはじめてである。ふたりはこの夜、共に生きていくことを決意する。
『mid90s』にも、冷蔵庫が印象的な場面があった。スティーヴィーがルーカス・ヘッジズ演じる兄に追いかけ回されるところ、冷蔵庫が中心に据えられ、その周りをぐるぐるとふたりが走り抜けていく。物言わぬ冷蔵庫が真ん中に配置されていることで、ふたりが無鉄砲になりすぎないように、傷つきすぎないように、バランスを取っているみたい。
『アボカドの固さ』を観て、わたしはカラックスの『ホーリー・モーターズ』と似た感動をおぼえた。人間は多面的な存在であり、それゆえにどうしようもなく孤独であるが、その孤独をまるごと引き受けて生きるしかない。というか生きる演技をするしかない。冷蔵庫の前でアボカドの固さを確かめる主人公の姿に、「恋愛」とか「暮らし」とかの向こう側にある、遠い淵のようなものが一瞬だけ光って見えた気がした。