距離
上條葉月
実家に行くたびに食洗機が導入されていたり、私の部屋が母の部屋になっていたり、トイレがウォシュレットになっていたり、そういう変化にも驚くが、とりあえず冷蔵庫を勝手にのぞくと変わらずいつも色々入っていて、それはそれで毎度驚く。実家の冷蔵庫にはアイスとか冷凍食品とか、いつ食べるか明確じゃないものがたくさんあって、何かしらつまむものを見つけられる。それがいいなあと思う。本来冷蔵庫ってそういうものかもしれないけど、一人暮らししたり同棲したりしていても結局小さい冷蔵庫ばかりで、せいぜい直近食べる予定のものしか入らないし、買わない。
大学を卒業し久しぶりにNYの実家に帰ってきた『タイニー・ファニチャー』のオーラは、勝手に家に呼んだひとに、戸棚のお茶を振る舞ったり、ワインを開けたりする。冷蔵庫が空っぽになるまで食品を使い尽くして、それでもって代わりに自分の飼っていたハムスターの死骸を冷凍保存しちゃうんだから、ひどい。
自分の留守中に散々された母親はオーラに対し「ここは私の家なのよ」と言い、彼女は「あたしの家でもある!」と主張するけれど、今となれば母親の気持ちも分かる。オーラはなんの悪気もなくハムスターの死骸を冷蔵庫に入れちゃうけど、その冷蔵庫も、一緒に入っていた食べ物も、全部母親の経済力で維持しているものだ。オーラは「バイトの給料が出たら新しい冷蔵庫を買うから」とかなんとか調子のいいことを言うが、レストランの店番の給料なんかたかが知れていて、結局冷蔵庫なんか買えやしない。
『E.T.』で勝手に冷蔵庫を開けてビール飲んで酔っぱらうというシーンがあったけれど、あのシーンは微笑ましい。その家の冷蔵庫を自由に使えるということは、家族だということなのかも。オーラは家のことも家族のことも顧みないのに、冷蔵庫や備品は勝手に使う。だから「本当にこの家にいて幸せ?」って聞かれてしまう。そういえば私も昔付き合った人に「僕じゃなくて僕の部屋が好きなだけじゃないの」と言われたことがあったような。