いつか映画館で会うひとへ
上條葉月
ウィリアム・キャッスル監督の『ティングラー』という映画。人の恐怖が生む怪物「ティングラー」がうっかり映画館の中に放たれてしまう。当時、ティングラーが場内でいなくなり画面が暗くなった(劇中の上映が停止した)時に、劇場のいくつかのイスに仕掛けられた電気が走り、一部の観客がヒヤッとする、という演出をしていたらしい。スクリーンの向こうの映画館から現実の映画館へティングラーが飛び出してきたかのように。恐怖がスクリーンを超えてやってくるという面白さは、自分のいる映画館が安全であるという前提の元で成り立っている。でも、これまで見てきたどんな映画よりも、それを見ている今この世界のほうが恐ろしい状況に向かっているのかもしれない。iPhoneの小さいスクリーンからは、いまいちその恐ろしさは伝わってこない。
4月のはじめ、友達から電話越しに死ぬと言われた。酔っ払ってたのかもしれないけど。話を聞きながら、なぜか『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の、映画館で前の座席に足を投げ出したマーゴット・ロビー演じるシャロン・テートが頭に浮かんでいた。出演作の反応を伺いながら笑う彼女を観ながら死んで欲しくないと思ったこと、死んでしまった本物のシャロン・テートにもこんな瞬間があったのかもしれないと思って寂しくなったことを、思い出す。でもそんなこと突然言えないので、覚えてないけど、気休めにしかならない大丈夫を連発したと思う。その後でどういう流れかヴィンセント・ギャロの話をした気がする。映画の話はよくするのに、一緒に映画館に行ったことはない。もしかしたら私が映画の話しかできないから合わせてくれてたのかもしれない。私は気が利かない。ついでに言うと、君の勧めてくれた映画、まだ全然観れてない。すまん。でも、君も私が勧めた映画を観てないと思う。
家で映画を観ていると、おなじく家で観ているDVDのモニターの映った写真が送られてくる。私もどうしようもなくて、仕方ないから映画ばかり観ているよ。でも家では映画を観ることのできない人たちもいる。最近見た『サリンジャー』、彼は映画館から出てきたところを警官に殺された。大富豪も貧乏人も娼婦も銀行強盗も、映画館ではみんなが同じスクリーンを眺めるのがいい。映画館では入場料を払えば、みんなが等しく映画を見られるし、見なくたっていい。
そうやってかつて映画を眺めていた人たち、何千万人何百万人が世界中で生活を失おうとしている状況で、今 ミニシアターの文化的意義が語られることにずっと違和感を感じている(しかも「職業に貴賤はない」というリツイートが流れてくるTwitterの同じタイムライン上で)。社会や文化的な価値がなくたっていいんだよ、映画館も飲食店もライブハウスもゲーセンもキャバクラもパチンコ屋も、そこで働く人の生活の尊さは平等じゃないの。そして映画も映画館も、そういうすべてのひとに開かれている。だから、映画館や映画業界を救ってもらうことだけでなく、この先ももっと苦しい状況にあるひとたちのために、映画や映画館がどう寄り添えるのか、考えませんか。
そういえば去年の今頃はユスターシュ特集をやっていた。大好きな人たちが見にきて、そこで大好きな映画を映写しているのがとても嬉しかった。20年近く眠っていたフィルムたちを暗闇から起こす。『僕の小さな恋人たち』のプリントは本当にきれいで、バラバラの缶に保存されたフィルムが、ひとに観てもらえる「映画」となって息を吹き返すような気がした。今はまた眠っているユスターシュのフィルムたち、また遊ぼうね。今度は君にも観てほしい。
ミシェル・ウェルベックは先日、コロナが去った後の世界は以前と同じか少し悪化した世界だろうと書いていた。だけど私は、私たちが今まで生きてきた社会はどうかもう戻ってこないでほしい、と思う。クソみたいな社会や業界、政治と、体力を奪われた後でまた戦い続けるなんて、到底やっていけないよ。私たちが新しい社会を作らなければいけないのなら、それがもっとすべてのひとが生きやすい社会だと信じて、映画や映画館も新しいあり方を見つけていかなきゃいけないのかもしれない。
“ Your sentimentality softens all the edges, you’re misremembering. Take a moment to recall it as it really was: fucking hell.” -Miranda July
数ヶ月後か、数年後か、新しい世界の映画館で一緒に映画を観ようね。もちろん、その時にもし大好きな映画館がなくなっちゃってたら悲しい。そしたら一緒に泣きながら酒を飲もう。きっと私たちもお金がないから(私も仕事を失うし)、クソ安い紙パックの焼酎買ってきて水割りしよう。それから考えよう、だって映画も文化もそんな簡単に死なないから。でも、その時一緒に飲んでくれるひとがいなかったら本当に困っちゃうから、死なないでね。